冬のコオロギ讃歌

週末はともかくレコード屋回りばかりしていてそれがほんとうに趣味であり生きがいでもあり趣味でもあった。
深民淳や伊藤政則の書いたブリティッシュロックのガイド本とレコードマップを片手にいろんな店をあるきまわった。
神戸だとウォータールーレコードという店に3、4回通った。店内は結構広く、確か元町駅周辺だったと記憶する。
かなりプレミアが付いたレコードも多く、やはりそういうのは買えないことがほとんどだったので再発盤やあまりプレミアが付いていないのを買った。
とはいっても1000円代や2000円代なのでそれらを5、6枚一気に購入、当時はそれでも安いと思っていたし当時の日本経済もそれなりに良かったというのもある。
先のブリティッシュロックのガイド本に紹介されていたアルスチュワートのラジオ出演時のライブのプロモ盤もありおおーと思った。フェイシズのセカンドのオープンリールのアルバムなんかも置いてありすごいなあと驚いた。
ロイハーパーの再発盤やサーカスというプログレバンドのアルバム(そんなにプレミアは付いてなかった)、プリティシングスのシングルなんかを買ったと覚えているがあと何を買ったのか覚えていない。
来月の給料日にはそのアルスチュワートのアルバムを買おうと思っていたが阪神大震災のため結局買うことができなかった。

電話交換手

スーパーでサイコロステーキと玉ねぎを買う。
冷蔵庫にはケチャップがあり台所の戸棚にはウスターソースがある。バターはないがマーガリン、ニンニクはある。これだけの材料でハヤシライスを作る。
夕ごはんは時代劇を見ながらハヤシライスを食べる。月曜の夜七時というめずらしい時間帯。
ベランダで何か音がしたので開けてみる。
近所のアパートの家主が飼ってる猫だった。
その一年後にアパートは住人の寝タバコで火事になり猫は行方不明になるんだけど。
ともかく猫がこちらを向いていたのでサイコロステーキ一つを差し出した。猫は近づいてきたがサイコロステーキの匂いを嗅いだだけですぐに立ち去った。
その様子をすぐにメールに記しRに送る。
ネコってサイコロステーキきらいやねんな〜
と機嫌よく返事が来たので安心した。
Rは定期的に統合失調症のクスリを大量に一気服用する。そして意識不明になり病院に運ばれ胃洗浄をする。
だからメールの返事がすぐに返ってこない時はそのことを心配する。またある時は風邪薬を大量にため込んでそれを飲んでどこか知らない世界にぶっ飛ばそうとした。いつか終わりの時が来るな、そう予感があった。

深夜、電話がかかってきた時は大学の友達が水商売をやっていていろんな人から金を借りまくっている、どうしたらいい?というはなし。12時から朝3時まで話を聞かされた。

ネコはいつの間にかピアニストキャットという名前になった。ピアノを静かに弾くピアニストキャットの目の前にサイコロステーキが落ちてくる。ピアニストキャットは半狂乱になり戦争を起こすという話によく笑う。ほんとうに機嫌がいい。

たぶん今日は深夜に電話がかかってくることはないだろう。

海を見た

連れ合いとただなんとなく海に行こうというはなしになりそういえば一度だけ潮干狩りしたことがある明石に行こうと出掛けた。
かなり前なのでその時の記憶が定かではないが砂浜を少し歩いて明石焼が食べれる店に入った。
潮干狩りをした砂浜はどこだったか全く覚えておらず思ったほど時間もつぶれなかったので帰りは釣りで何度か行ったことがある須磨で途中下車することにした。
もう夏が終わり秋で海鳴りがすごく響いた。
ロケット花火の残骸があちらこちらに落ちていて人々も砂浜へ疎らに散らばっている。たぶん連れ合いと二人もそんな人らの仲間。
波打ち際に近寄ってみる。靴はもうボロボロでかかとのあたりに切れ目と穴が空いている。なるべく濡れないように気をつけた。
よく見ると透明で小さい魚が何匹かおよいでいる。
ここで駅の売店で買ったコーラグミがポケットにあることを思い出した。
連れ合いにも何粒か渡し、それをちぎって魚の方へ投げつけた。一緒になってグミをちぎって投げつける。

魚は驚いて逃げるがまた波打ち際にやってくる。何度も繰り返しているうちに曇っていた空がまた白み始め夜になりそうに見えた。
コーラグミ、魚が食べることを期待していた。だけど食べなかった。それでも奇跡が起きたらいいのになとずっと思っていた。

金も明日もない僕が唯一出来ることはコーラグミを海に投げることと僅かな希望を持つことだけ。奇跡がほんとうに起これば、他になにもいらない。

乱破

ベアーズでのリハが終わりそういう時は必ず新星堂の楽器屋に立ち寄ることにしていた。
まだまだその頃は次から次に出される新しい"未知の楽器"に魅了されていたしまだ20代だったので今よりも好奇心旺盛だった。

ショーウィンドウにトランペットがあった。13800円のものでこれぐらいの値段でもあるのかと思いその瞬間どうしようかと考えた。
しかしすぐにその迷いは消えた。手元に持ち合わせはなかったので手付金を3000円払って店を後にした。

その一、二ヶ月後にはもうトランペットを片手にベアーズで吹いていた。その一年後にはバンドメンバーは全ていなくなったが。

一度だけ死者を見たことがある

夕焼けがベランダに差し込んできて足元がその色に染まっていた時いつものようにぼんやりしていた。

突然足元の向こうの夕焼けから人型が浮かんできた。
顔がはっきりとわかった時それはとても懐かしい人だった。もうすっかりと忘れていたんだけど今ごろなぜ。

死者に遭遇すると意外に怖くないというのはほんとうだったんだ。だからといって感慨深いものでもない。

懐かしい人はゆっくりと横切ろうとした。
特に金縛りみたいなのはなく寝転がったまま懐かしい人の腕を掴んだ。ちゃんと感触がある。
なぜか懐かしい人は視線を合わせようとしなかった。ただ部屋を玄関に向かって抜けていく時右手を少し上げてこちらにあいさつをした。それから懐かしい人は見えなくなった。

3年ぐらい前だったか今日みたいな穏やかな春の日にたった一度だけ、死者を見たことがある。

黒猫の死

昼間の出勤神崎川沿いを雨の中自転車を走らせ始めると路肩に黒いものが。
目を凝らしてみるとそれは横たわった黒猫だった。
頭のほうはキルトのマフラーを被せられていたのでどんな顔をしていたのかわからない。
おそらくかわいそうに思った人が自分のマフラーを被せたのだろう、もしかしたら車かバイクでぶつけた人がそうしたのかもしれない。損傷は見た目にはなかったので病気で行き倒れになったのかもしれない。

自転車での移動が中心だとこういう場面は時々遭遇する。その中には首輪をした犬や猫もいた。それは日本中どこにでも時々ある場面。

黒猫のことを考えたがすぐに頭の中から打ち消した。早く雨がやまないかな、仕事がやりにくくなるから。そればかり考えるようにした。

帰り道は少し雨がやんでいた。
通勤時の神崎川沿いの道とは違う道を通りながら。

実家に戻ると猫が寝ていた。黒猫と同じぐらいの大きさ、頭を手のひらで掴んでみる。その日はなるべく黒猫のことを考えないようにして眠りに就いた。

ふたり

10年ぶりに宮本章太郎との二人だけのトラディショナルスピーチのライブを昨日油野美術館で披露、すごく懐かしい気持ちになる。
彼が入ってからの10年間メンバー増えたり継続していったけど結局"二人だけが残った"。
紙にいろいろ構成を書いて考えるという時間はふたたび懐かしさを醸し出す。いま流行りの指示書というやつだ。
最初はマネトロンとピアノの単音で音を紡いでいきギターのシーケンスを上に被せて鳴らしっぱなしの音に宮本がドラムを叩いて僕がトランペットを吹き鳴らす。それからドラムとトランペットだけになりラテンアリマッチなフリージャズ、ここからPA担当のバチカがPA卓からもう一本のトランペットを吹き鳴らす。さらに演奏は上を向いて歩こうのジミヘンアメリカ国歌ヴァージョンに続き客席から同じくその日の出演であるポーの一族なら中川裕太がアコギで上を向いて歩こうをかき鳴らす。四人の掛け合いで大団円の中終了した。f:id:gaslight2010:20140331135757j:plain