砂の丘

けさ、自分が働いている店に突然二十年前に付き合っていた人が現れた。
僕が立っているところから離れていたのでおそらくこちらには気づいてない(と思うが)。僕は自分の名札を隠し背中を向けるように仕事をした。

間違いなくその人だった。二十年前もこのあたりに住んでいてもう違う場所に行ったのだとばかり思っていた。
僕より年上で聡明でそれなりの風格が出ていたが若々しかった。2、3人でそのうちの1人はおそらく母親で(直接の面識はなかったが以前見たことがあった)女性ばかりだった。
その姿を見てそれほど驚かなかったのは数日前にその人の夢を見たからだろう。夢を見るまではすっかり忘れていた。

当時は誰にも知られないように会っていた。僕も誰にも知られないようにした。今なら時効なので言えるが彼女は結婚していたし僕も違う人と一緒に住んでいた。別れてしばらくして彼女に子供が出来たことを風の噂で知った。

ほんとに酷いことをしたと思う。一緒に逃げ出すことも一瞬、考えたこともあった。でも勇気はなかった。

きっと彼女は忘れているだろうな。僕も夢を見るまで忘れていたよ。
だからもうこのことは思い出さないようにしよう、このまま砂の中に埋れよう。